ルネッサンス占い学院(Renaissance fortune academy)

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占いの解釈や判断に統計学を応用することは、現実的に可能なのか?
統計学を占いに応用することの可能性と、その限界について!
占いに統計学を用いることは可能か?

結論を先に言うと、可能ではありますが、統計学でカバーできる範囲は限られます。また、上記で書いているように、現在の占いが拠りどころとしている占術理論の多くは、統計学に用いるに足るだけのレベルに達していないのです。また、統計学によって得られた結果を応用して、実際の占いにフィードバック出来たとしても、占える内容は限られた範囲のものになります。

まずは、占いに統計学を応用すること、すなわち占いと統計学とのコラボレーションが成立した場合のシュミレーションをする前に、占いそのものが統計学の対象となるデータを提示することが出来うるか否かについて考えてみました。


同じ日に生まれた人の運命は同じ?

生年月日に基づいた占いでは、「同じ日に生まれた人の運命をどのように占えば良いのか?」ということが、究極のテーマのように論じられています。それに対する考察を具体的に展開すると、以下のようになります。

再び四柱推命を例に挙げてシュミレーションすると、次のようになります。四柱推命という占いは、生年、生月、生日、そして生時(出生時間)という四つの情報を、それぞれ60種類の干支によって表します。四柱推命に表れる干支の組み合わせを単純に計算すると、518,400通り(60の4乗ではなく、720の2乗で計算します)に分けることができます。2008年7月現在の日本の推計総人口は、1億2千772万人ですから、518,400で割ると、四柱推命のデータ(命式)が同じになる人が、約246.4人存在するということになります。ただ、男女の別による後天運に違いを始めとする細かな条件を重ねると、この数字は更に細分化されます。

ちなみに、というか蛇足ですが、生年、生月、生日、そして生時(出生時間)に表れる干支の組み合わせである四柱推命のデータ(命式)が、まったく同じように再現されるまでには、ユリウス暦に基づく計算だと実に5,940年もの期間を要することになります。今日生まれた子供と、まったく同じ四柱推命のデータ(命式)を持った子供が誕生するのが、5,940年も先のことだとなると、この星そのものがどうなっているのか、予測さえつきませんね。

さて、気の遠くなるような数字の話はこれくらいにして、もっと身近な四柱推命のデータ(命式)に話を移しましょう。四柱推命では、1日をを12に区切っていますので、これを含めて、生年月日と出生時間帯が同じ人が何人いるかというのを出すと、次のように考えられます。

近年の出生数は110万人前後ですから、これを365日に分けると、同じ誕生日の人の数は国内に約3,014人いるということになります。さらに出生時間別に12に分けると、約251人になり、これを男女等分として分けると、126人ということになります。ですから、四柱推命で同じ運命を持って生まれた人が、126人存在することになります。団塊世代と団塊ジュニア世代は200万人を超える出生数ですから、126人の倍であるを252人超える人が、同じ運命を持って生まれたことになります。日本国内だけで、同じ運命を持つ人が126人から252人の範囲で存在するということが考えられるわけです。

このような現実的な数字として提示されたデータに対して、納得する人もいらっしゃれば、「そんなはずは無い!」と考える人もいらっしゃるでしょう。実際には、生年月日と出生時間が同じ人同士が同じ運命をたどるということはなく、まったく異なった運命をたどることのほうがおおいのです。それは、双子の方の運命の違いを見れば歴然としていることで、これを裏返せば四柱推命という占いの限界と断定することもできるでしょう。

さらには、一日を12に区切る四柱推命よりも、生まれた時間を分単位まで出して占う西洋占星術のほうが優れているという理論も成り立ちます。しかし、生まれた時間を分単位まで出して占う西洋占星術であっても、四柱推命と際立った違いが無いというのが現実です。それよりも、出生時間を分刻みにして占うことが、間違った判断をすることになっている場合もあります。それだったら、西洋占星術も四柱推命と同じように限界があり、詰まるところは占いそのものに限界があるということになってしまいます。

しかし、そのように考えることは間違いなのです。ここで、占いそのものに限界があると結論付けてしまうのは、占いが持つ限界ではなく、稚拙な占術理論がたどり着く限界なのです。出生時のデータが同じであるとか、同姓同名であるとかというだけで運命が決定すると考えるのではなく、次のように捉えるのが正しいのです。


同じ日に生まれた人の運命は同じだと考えることの間違い!

誕生日も出生時間も同じ人を、同じ運命を持つ人と解釈するのが間違いであり、運命学の盲点なのです。事実は、同じ運命を持つ人ではなく、同じ運命プログラムを持つ人、あるいは同じ運命要素を持つ人と見なければならないのです。

例えて言うと、人生というキャンバスに絵を描くための絵の具の色や質、さらには絵筆のサイズや材質が同じであるということであって、生まれ持った運命要素のタイプが同じなのです。ですから、そこに描かれる絵までが同じだということではなく、それぞれに違った絵が描かれるのです。

誕生日も出生時間も同じ人であっても、個々人が成長する環境までが100パーセント同じということは有り得ません。また、運命を左右するのは出生時のデータだけではなく、生年月日と出生時間に基づいた占いとは別の分野を受け持つ占いの範疇に属するものがあるのです。

表現を替えて書くと、出生時のデータが同じであったり同姓同名あったりする人同士は、同じ運命プログラムを持つ人、あるいは同じ運命要素を持つ人ということなのです。同じ運命要素を持つ人というのは、同じ運命DNAを持つ人ということでもあり、そのDNAのスイッチを入れる要因になるものが個々の成育環境なのです。

ついでに言うと、成育環境によるDNAの働きをコントロールする働きを担うものの一つに名前があります。しかし、一般的な姓名判断によって選ぶ名前では、DNAの働きをコントロールすることが困難です。単なる画数による姓名判断で選ぶ名前ではなく、運命DNAの状態を把握し、これを整える名付け命名術によって名前を選ぶことが望ましいのです。名付け命名と姓名判断との関係については、私どもが運営する名付け命名専門サイト『名付けて命名館』をご覧ください。参考になる記事が有るかもしれません。

さて、ここまで書いたことをふまえて、占いそのものが統計学の対象となるデータを提示することが出来うるか否かということを考えると、不可能ではないものの、高度な解析は困難であるように思われます。実際に占いに統計学を応用すること、すなわち占いと統計学とのコラボレーションさせた場合に、どこまで可能かということについて、シュミレーションをしてみます。


統計学を用いた占いの可能性について!

このページの冒頭で、統計学を占いに用いることは、可能ではありますが、統計学でカバーできる範囲は限られます。・・・・・・と書きました。

そして、現在行われている占いの多くが、統計学を用いるレベルには達していないということも述べています。その裏付けという意味を込めて、誕生日が同じ人の運命に関する記事を書き添えました。

ここまで書いてきたことを踏まえて話を進めると、生年月日や出生時間に基づく占いには、統計学を応用することが困難であると考えるのです。

同じ日の同じ時間に生まれた人の運勢でさえも、生年月日以外の要因を含めて占わなければ正確性を失うのに、これを統計学で把握しようとすると、多角的で多重に解析する必要があります。そして、多角的で多重に解析できたとしても、それはある集団の特性を反映したものではなく、個々の人の特性を寄せ集めただけのものになります。

ある集団(集合体)の特性を数量的に測って得られる数値と総体的な数値とを比較することが統計学の目的です。しかし、出生時の情報に基づいて行う占いが用いている占術理論を使ったのでは、詳細な測定数値を得ようとするほどに、集団(集合体)よりも個体ごとの測定数値が増えるために、統計として成り立ちにくいのです。

また、画数による吉凶を占う姓名判断の場合も、天地人の画数による測定値と、外格や総画の測定値との間に整合性が見られるような結果を得ることは不可能なのです。それが可能にする方法があるのならば、すでに統計学的な数値を示した資料なり書籍なりが出ていて不思議ではないのですが、どこを探しても統計学的に証明されたものは見当たりません。

このように、「占いは統計学です!」という言葉が、出生時の情報に基づく占いでは、その占術理論が未熟である限り、現実とは違ったものであることは明白で、経験則=統計学というカン違いであることが明らかなのです。ならば、手相や人相なら統計学的な数値を出せるのかというと、顔のパーツの形状や位置関係にも個体差(個人差)がありますし、手相に表れる線やホクロなどにしても形状や位置関係に個体差(個人差)があります。ですから、これらを細かく分類して統計のデータとするには不向きだといえます。 

さて、ここまで、占いに統計学を用いることの可能性について、否定的な主張を繰り返してきましたが、経験則=統計学という可能性そのものを全否定しているわけではありません。現時点における占術理論の大半が、統計学の対象となるレベルに達していないということを、繰り返し申し上げているのです。何といっても、流派ごとに占術理論が食い違っていることも少なくないのが現状ですし、占術ごとに結果が違うということも多いワケですから、それらを整合性のあるものに修正することが当面の課題だと思います。ただ、整合性のある占術理論を使って占えば、わざわざ統計学という難しいものを使わなくても、正確な占いができるのです。では、整合性のある占術理論とは、どのようなものなのかということについては、「占い・運命学とは?」をご覧ください。

ところで、これらの占術と違って、統計学に近い占術もあります。それは、指紋占いです。指紋の渦が巻いているか、あるいは流れているか、さらに手指の指紋の組み合わせである32のパターンなどによって判断するシンプルな占いです。シンプルであるがゆえに、統計学の対象にしやすいものだといえます。また、指紋占いの書籍も少数ですが出版されており、その中には統計学に近い理論が展開されているものもあります。この指紋占いの存在こそが、数ある占術の中で統計学に最も近いもの―指紋占い≒統計学―であるがゆえに、「占いと統計学1」ののページで、現代の占いの大部分は統計学などではないという表現を見出しに使ったのです。

そして、指紋占いが持つシンプルさこそが、他の占術に欠けている部分でもあるのです。大半の占術は、流派が増えるごとに新たな占術理論(のようなもの?)が加わり、複雑さを増しているのです。占術理論というのは本来、シンプルな情報をデータ化したものですから、新たな理論を付け加えて複雑化させるのではなく、基本に忠実な理論を積み重ねるというシンプルさが重要なのです。ですから、占術理論のルネッサンスして、わかりやすい理論を再構築することが当面の課題であり、それはルネッサンス占い学院のコンセプトの一つでもあるのです。


 このページの最終変更日 2008/08/24 11:14