占いは統計学か?・・・・・・いいえ、現代の占いの大部分は統計学などではなく、占い師の錯覚であり幻想です!
―占いの現状と、整合性のある占術理論に基づいた理想的な占いとは―
占いは統計学という錯覚と幻想!「占いは統計学です!」という表現を見たり聞いたりすることは少なくありません。それは、「占いは統計学!」だと考える占い師が少なからず存在しているからです。

これに対して、「占いは統計学ではない!」という意見も、ネット上に見受けられます。中には、「占いは統計学に由来していないから、統計学にあらず!」といういけんもあります。しかし、占いが統計学に由来するものなのか否かという歴史的経緯が問題なのではなく、現在の占いが統計学として通用し得るか否かが重要なことなのです。

「占いは統計学!」と公言する占い師は、占いが統計学から生まれたと言っているワケではないのです。彼らは、自身が使っている占いは統計学的なデータを集積して培われ、伝えられてきたものであるから、統計学と同等のものであり、統計学と同様の価値があると認識し、それを主張しているのです。

しかし、現在の占いを、「占いは統計学!」とする認識については、その大部分が錯覚であり幻想であると言わざるを得ません。なぜならば、それには決定的な理由があるからなのです。それを明らかにするために、先に統計学的な論文の話から始めます。

ひと昔ほど前のことなので記憶が曖昧になっている部分もありますので、覚えている範囲で書きます。

とある有名占い教室の機関紙に、次のような論文記事が書かれていました。記事のタイトルは「多重債務者の月支元命について」というニュアンスのものでした。

月支元命というのは、四柱推命でいう生日の十干と、生月の十二支の蔵干(ぞうかん)というものに含まれる十干との組み合わせを、通変星(つうへんせい)あるいは変通星(へんつうせい)と呼ばれる十種類の星に置き換えて表すものです。

四柱推命では、月支元命を重要視する流派が大多数を占めていて、生まれた日に最も影響力を持つものと考えています。要は、生まれた日に対して、最も影響力のある星を月支元命とし、これを十種類に分類しているものです。そこで、多重債務者となった要因を、四柱推命の月支元命によって分析するために、「多重債務者の月支元命について」という論文が書かれたのでしょう。

そして、この十種類に分類した星の中で、多重債務者が多いのはどれか?・・・・・・というのが、上記の論文のテーマでした。記事を書かれた方は銀行勤めをされている方ですから、確かな情報を基にしてあるものだと考えられます。それに、今なら個人情報に関することですから、そのようなデータを集めることも困難だと思いますから、データ解析に間違いが無ければ、極めて意味のある論文でしょう。

さて、この論文のテーマである、月支元命別の多重債務者の分布を調査した結果は意外なものでした。通変星(つうへんせい)別に十種類に分けられた月支元命の調査結果は、どれも同じような数値になっていたのです。ということは、月支元命に示される通変星(つうへんせい)を見ても、多重債務者になり易いか否かは判断できないということになります。

この論文の調査結果から得られたデータによって導き出される答えは、
・・・・・・ということでしょうか?

いいえ、それは大きなきな間違いなのです。そのような結論を出すことのほうが、すごく危険なことなのです。誤った占術理論に基づいて統計学的な調査と分析をしても、正しい結果など得られないということの証明が、この統計論文なのです。データの抽出方法さえ間違わなければ、大変有意義な結果が得られたと思うのですが、本当に残念なことです。

この統計(?)論文を載せた機関紙の発行元は、日本だけでなく海外でも権威のある、四柱推命の中心的な流派の占術理論を受け継いだ、主流的な立場にある先生が開いている占い教室です。それほど権威のある流派に属する占い教室で、優秀な成績を修めている受講者さんによって書かれた論文なのです。論文の作者である銀行員さんは、詳細な資料を集めることができる位置にあるエリートさんでしょうから、統計の出し方を間違えているということも考えられないでしょう。

しかし、統計の対象にするデータが未熟なものであっては、正確な結論など得られないのです。データのどこが未熟なのかというと、理由は二つです。
二つ目の理由に挙げた内容は致命的な印象を与えますが、占いそのものが当たらないということではなく、統計学的に問題があるということですので、誤解のないようにお願いしますね。

このように、今に受け継がれている占術理論によって導き出された結果では、統計学といえるレベルに達していないのです。それを「占いは統計学です!」とする主張は、錯覚そのものであり幻想であって、今の占いの占術理論に基づいて統計学的な解釈をしようと試みることには大きな無理があるのです。

ですから、「占いは統計学です!」という主張は、多くの占い師自身の期待が生み出した幻想であり、多くの占い師自身の大いなる錯覚でしかないと言わざるをえないのです。ここでは、四柱推命の話題を取上げましたが、西洋占星術にしろ九星気学にしろ同じことが言えるのであり、「現時点では、大半の占いは、統計学ではありません!」というのが厳然たる事実なのです。「大半の占い」という表現をしたのは、ごく一部に統計学に近い占いの存在があるからで、それで全否定という形にはしなかったのです。統計学に近い占いについては、「占いと統計学2」で書いております。
占いと統計学との関係「占いは統計学です!」という主張をされると、正しいものなんだと錯覚してしまいますが、現実は統計学とは程遠いものであるということを端的に表しているのが上記のケースです。

そして、「占いは統計学です!」と主張するのは、権威のある有名な流派の占い師ではなく、占術手法を明らかにしていない占い師に多いようです。

四柱推命とか占星術とか、あるいは気学だとか、自身が使う占術の種類はプロフィールとして明記されていても、占術そのものに対する考察が稚拙であったり、あるいは気迫であったり、さらには占術理論に関する記述すら無かったりする占い師占い師は少なくありません。

そういった占い師に限って、「占いは統計学です!」という主張をしているのかもしれません。何故ならば、「占いは統計学です!」という言葉で、自身が行っている占いをグレードアップ(格付け)することができます。これを慣用句で例えると、羊頭狗肉って感じで、「統計学!」という言葉を利用しているに過ぎないのです。

このように書くと、かなりキツイ表現になってしまいますが、これは金儲け主義のいい加減な占い師を対するもので、それ以外の良心的な占い師は、単なるカン違いというか錯覚をしているのです。それは、占い師自身が培ってきた経験で得た知識、つまり経験則という言葉と、「統計学!」という言葉を混同して使っているのです。占い師として蓄えてきた経験というものが、統計的なデータと同じであると言う錯覚と、それが貴重なものであるがゆえに、「統計学!」と同じであろうという幻想を抱いているのです。

つまり、占い師が実践経験によって得た経験則=統計学となっているだけなのです。そかし、正確に言うと、占い師が実践経験によって得た経験則≠統計学(占い師の経験則は統計学ではない)・・・・・・というのが事実なのです。

それでは、占いに統計学を応用することは出来ないのか?・・・・・・という疑問が沸いてきますが、それについては「占いと統計学2」で書いておりますので、是非ご覧ください。、
このページの最終変更日 2008/08/24 12:25